わかっているようで、わからないのが自分
自分探し、とかいわれるけど
探す必要はない

自分を理解しようとしていないだけで、いつもここにいる

どこかに本当の自分がいる
そんな感覚はあったけど、それはちゃんと自分を知らなかっただけ、知ろうとしないから
自分と対話することを避け続けただけ

自分と対話するということは、自分の内面に注意を向けるということ
嫌な感じがしていると、感じたくないと蓋をしてしまってやり過ごしても
それは見ないフリをしてしまっただけなので、そのままそこにあるのです

何かを感じる時
嫌な感じがするときには、何かしらの身体の感覚があるのを感じませんか?
心がズキッとしたとか、グサッときた
胸が締め付けられるよう
喉の奥が痛い感じ
胃がキューっとなる
そんな身体の感覚、ありませんか?

実際の身体の痛みではないのに、感じるもの
なんとなくはわかるけど、どうしてそういう感覚を感じるのか
そこに注意を向けて対話をするのです。

自分と私の対話 と鈴木弘美さんは言ってますが
身体の感覚をちゃんと感じて、その感覚と対話する

身体が感じていることに耳を傾ける、話しを聞く
自分と私のお互いの理解を深める共同作業
一緒に問題を解決していくための対話

この対話がなかったから、いつも外部に答えを求めていた

身体が感じる感覚は内面からのメッセージ
それを無視し続けるから、自分で自分を傷つけている
自分を無視するのだから、自分が自分を肯定出来ないのも当然だった

自分と対話してわかったことはとても大きい
モヤモヤしながらもはっきりとわからなかったこと、知ろうとしなかったことが
自分がこういうことを思っているんだと知れたこと
自分を理解できたこと

痛みに感じていたり、怖かったことがはっきりしたことで
痛みが和らぎ、恐れが大きな勘違いだったこともわかった

自分を肯定できない、その根っこに自分を理解しようとしていないことがあることもわかった
それすら、怖いと思っていたのだから。。。

本気で人生を望むものにしたいと頑張っているあなたに
私のしてきた勘違いの数々が、気づくきっかけになればこんなに嬉しいことはない
その気持ちでブログを綴っています。

今日もいい1日を楽しみましょう❢

望む人生にナビゲートしてくれる鈴木弘美さんのブログ:
怖いから

 

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